見えない思いの力

この仕事を始めてから1年ほどたちましたが、たくさんの人に出会い、助けてもらってとても感謝しています。事業をする時に、「できるだけ人に頼むこと」と教わったのですが、実際に一人ではできないことがたくさんあり、むしろできないことの方が多いです。これまでも、デンマークでの買い付けから、梱包、発送、webショップ、広報、イベント、紹介・応援してくれる人や購入してくれるお客さままで、たくさんの人の力で運営できていて、本当にそうだなとしみじみ思います。
そんな助けて頂いている中の一人が、いつもwebショップの素敵な写真を撮ってくださるカメラマンのhirokoさん。
hirokoさんも同じ地元で、同じ時期に独立され、ご縁があって食器の写真を依頼させてもらっています。
 
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自分で選んだ食器なので、元々素敵だと思った食器たちなのですが、hirokoさんの手にかかるとその写真を持って「これうちの子なんです 」と日本中を自慢して回りたくなるほど、そのモノを輝かせてくれます。
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光は自然光を使い、特別なものを準備したりせずに、その時周りにあるものをさっと使って撮ってくださるので、嫌味のない、作られていない、いつもそこだけにある世界観ができあがります。
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そんなhirokoさん、写真を撮るときに、「かわいい!かわいい〜!」と言ってグラビアアイドルのカメラマン並みに撮るものを褒めながら撮ってくれます。私もたまに一緒になって横から「いいねー!いいよー!」と合いの手を入れて和気藹々と撮影をしています。
そのあと送られてきた写真を観るのですが、そうやって褒められながら撮られた食器は、自信に満ち溢れているなーと感じます。
先日、撮影後にお話をしていたのですが、hirokoさんは「思いがレンズ越しにでちゃうの〜」と可愛く深いことを言っていました。自分が撮りたいとか、可愛い!素敵!と思ったトキメキが、ついついレンズを通して写真に出るのだそうです。だから、写真もカメラもモノも人も、思いって大事なんだねと話していました。
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 私もモノを扱うようになって、日々観察や反省をしていると、hirokoさんの言っていることがなんとなくわかります。「モノにも思いがある」と言ったら薄っぺらいかもしれませんが、私たちが視覚できないことが溢れているというのは確かだと思います。それは特別なものではなく、愛情をかけられて使われたものは、次の持ち主に愛情を注いでくれるんじゃないかというような単純明快なものです。植物も声をかけると成長するとか、水にありがとうというと綺麗な結晶になるとか言いますよね。聞いたときは「そんなわけあるかいっ」と思っていたのですが、そんなことももしかしたらあるのかもしれないなと思うのです。
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 なのでこれを書いていて最近忘れがちだったなーと反省していますが、持ち主から持ち主へ渡るつかの間を預っている私も、思いや言葉を大事にして、hirokoさんみたいにたくさん食器を褒めてあげようと思いました。
 
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そんなhirokoさんのホームページが完成したようですので、ぜひ素敵な写真たちを見てください。
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買い付けの極意 

先月も行ってきたデンマーク旅行ですが、なんともワクワクがとまらないのはやはり買い付けです。いろんなヴィンテージショップやアンティークショップに行くのですが、ワクワクしすぎるのが少し難点でもあります。

例えば新しいお店を見つけて入って、

こんな感じでお宝があると、脳内がパンクして何から手をつければいいかわからなくなります。みなさんも大好きなものがたくさんあるお店を見つけた時など、そんな感じになりませんか?

それはそれでいいのですが、買い付けに頭と目がいっぱいになって、1時間ほどで疲れてしまうのと、じっくり他のまだ見たことのないものを探す余裕がないというのが難点です。

そこで、あんまりガチガチになりすぎずに素敵なものを発掘する良い方法があることがわかりました。

それは、「デンマーク人のお宅にお邪魔する」あるいは「デンマーク人に聞く」です。

   

基本的にデンマーク人はデザインやインテリアにこだわりがあり、また古いものをフリーマーケットなどで購入して使うということに慣れていて、お宅におじゃますると古いものと新しいもの、趣味とこだわりを上手にミックスしたそれぞれ違った世界観があります。

「これいいですね」というと、「それはフリーマーケットで1000円で買ったんだ!」とか、「これはデンマークの ◯◯っていうブランドのものよ」「あそこにいいお店があるよ!」とか、そんな感じで教えてくれるのでとても参考になります。

「郷のものは郷のものに聞く」

というのが私の買い付けの極意です。極意という割に普通でした。でも日本の焼き物にしても、電化製品にしても、結局日本人がいちばん多く見てきているし、情報も圧倒的にあるので知っています。そして外国人に「日本の良いものを知りたいんだけど」というと、自国の良いものをいろいろ教えたくなりますよね。

私もなかなかできなかったのですが、買い付けだけでなく海外に行って買い物や食事をする際には、積極的に店員さんや現地の人とコンタクトをとってみることをおすすめします。英語が喋れなくても、イッツベリーグッド!とか、笑顔で美味しい!って言うだけで、悪い気はしないのでお互いに良い思い出になります。良い思い出になれば良い国だなと思えて、また訪れたり、交流が広がっていくかもしれません。私も最近は変なやつって思われてもいいや!と思ってなるべくポジティブにしゃべりかけるようにしています。

そんな感じで、郷の人に聞き、今回の買い付けでも加わった仲間があるので、この後の記事でまたご紹介したいと思います。

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続・お人形の不思議な話

以前、私が幼い頃にもらった古いお人形が実は‥という記事を書いたところ、そのお人形の持ち主であったA子さんがこのブログを読んでメールをくださいました。


懐かしいお人形ちゃんのこと、Imayaちゃんが生まれた当時のことまで記憶によみがえってきました。

あれは、Imayaちゃんのお母さんが退院なさってそんな経たない、5月の若葉の美しい朝だったと思います。

私はImayaちゃんのお母さんが大好きなんで、3人目の女の子が生まれた嬉しさをわけてもらいたくて

私にとって大事なものを(買ったものでなく、自分の持ってるものを)プレゼントしたかったのです。

それが、(多分)金子光晴の詩集と人形のデンマークちゃん(名前はなかった)でした。

上のお二人も、いわさきちひろの絵から抜け出してきたみたいな可愛いおじょうちゃんでしたがImayaちゃんもほんとに可愛かった。

人形のことは、ほんとに不思議。

父がヨーロッパに行ったのは私が小学校低学年のころだったと思います。

でも、パリやロンドンはわかるけど(父は当時銀行員)、コペンハーゲンはどうして行ったのかな?チボリに行った話を聞いたように思います。

なんかステキなところなんだな、と憧れた記憶があります。

デンマークうまれの彼女がデンマークと深い縁のあるImayaちゃんのところにいくなんてね。

そのもう少し前、小学校1年生のときにサンタさんから人形をもらいました。

それは陶器でできてて、(それまでは、ざぶとんを二つに折ってよく背負ってた)

うれしくて外にもっていったのですが、コンクリートの地面に落として割ってしまったのです。

私はひどくおとなしい子だったようなのですが、その時は近所中にひびく大声で泣いたことを

今でも覚えています。

そのことで、父の頭には土産は割れない(?)人形という頭があったのかも。

開店したお店に、連れて行っていただいてありがとう。

古びた人形だけど大事にしてもらって父もお人形も本望だと思うよ。


私はいつも、ドラえもんのしずかちゃんを見るとA子さんを思い出すのですが、A子さんは東京育ちのとても上品で素敵な方です。そんな方が書くと、まるで児童文学のお話のように聞こえるとても嬉しいお便りでした。

ちょっと笑ってしまったのが、お人形をもらう前は、「ざぶとんを二つに折って背負っていた」というところ。以前母も同じことを言っていて、ものが溢れている時代に育った私にはとても斬新で、おかしいようなうらやましいような気持ちになりました。そんな時代に、ざぶとんや割れてしまった陶器の後にやってきたお人形は、さぞ大事にされたのだと思います。

そしてその数十年後、A子さんや私をデンマークに連れてってくれるほどのたっぷりの愛情をもらったのかもしれません。(ちゃっかり私も便乗していますが、私はあまり触るなと言われていたし、一緒に寝たりはしていませんので大方A子さんの愛情です)

(写真:A子さんと乗ったコペンハーゲンの観光ボート)

 

古いものに囲まれて育った方だとは思いますが、自分でこういう物を扱うようになってから初めて、物が持つ不思議に興味が湧いてきました。

例えば、可愛いー!と言って大事にして、「送り出すのは寂しいけど、大事にされてね!」という気持ちで発送された商品は、お客さんからもとても喜ばれて、私も嬉しい気持ちになります。

一方で自分があんまり好きじゃないけど、ある程度人気だろうという気持ちで仕入れ、早く売れないかなーと思いながら所有し、売れたら「やったーバイバイ!」という気持ちで送りだしたものは、途中で何かミスやトラブルがあったりして、結果としてあまり喜んでいただけなかったりします。この夏にそういうことがあって、その時にふと、

「これ、あんまり好きじゃないから早く売れてくれないかなー」

とその食器を見て言っていた自分の姿を思い出しました。

商売なので、綺麗事や神秘的なことだけ言っていられませんが、ものを扱う以上、気持ちはどこかに出てしまうので、それからは自分が本当に好きなものだけを購入して、喜んで他の方にも購入してもらうことを心がけるようにしています。

日本では、西洋のような「一つの万能の神」ではなく、山や海や家や畑や人や小さな物一つ一つにも宿る「八百万の神」を信じていたという話を聞いたことがありますが、「どんなものにも神が宿る」という気持ちはすごく素敵で、日本人の誇りだなと思うので、心に留めておきたいと思います。

長くなりましたが、この先もこの仕事を続けていって、どういう発見があるのかまだまだ楽しみです。

 

 

お人形の不思議な話

最近事務所に新入りがきました。食器ではありません。この青い目の人形です。

私が小さな頃から家にあった西洋人形ですが、そういえばちょっと不思議なエピソードがあったのを思い出して家から持ってきました。

 

体を倒すと眠ったように目を閉じる人形ですが、少し古かったので、片目が閉じにくいお人形でした。母には「A子さん(母の友人)にもらった大事なお人形だから、壊れるから遊ばないで」と言われていたので、私たち姉妹はたまに少し触ったりする程度で、その後は置物としてずっと飾ってありました。

時は過ぎて昨年のちょうど今頃、デンマークにいる私を母とその友人のA子さんが訪ねてきました。いっしょに北欧諸国を旅行した何日かの晩、ホテルで話をしている時にA子さんが言いました。

A子さん:「そういえば、今日博物館に行ったとき思い出したんだけど、私がImayaちゃんが生まれた時にプレゼントしたお人形あったじゃない?」

私:「あ、あのお人形ですか?A子さんからと言うのは知っていたけど、私が生まれた時にいただいたものだったんですか?」

A子さん:「そうそう。うちは二人とも男の子だったから、Imayaちゃんが生まれた時に、女の子たちにあげたいと思ってプレゼントしたのよ」

母:「あーそうだったっけ」

A子さん:「そしてそのお人形ね、私が小さい頃、父が出張のお土産に買ってきてくれたものだったんだけど、その出張先がデンマークだったの。今日博物館で同じような服を着ているお人形を見てハッと思い出したんだけど。あの時はデンマークっていっても何も思わなかったけど、Imayaちゃんが後にデンマークにいるなんてなんだか不思議ね」

以上がその不思議な話です。世にも奇妙な物語を期待した方はすみません。なんのこっちゃいこれだけです。へー奇遇だね!という程度のことですが、私は驚いたと同時に、なるほどーと思いました。

ドタバタの30年だったと思いますが、デンマークに関わることだけはいつも不思議なくらい運良く、スムーズに進むなーと思っていました。そしてどんなに離れても、結局デンマークに行き着くなーとも思っていました。「なんでデンマークなの?」と200回以上は聞かれましたが、「よくわからないけどなんとなく」というのが正直なところで困る質問でもありました。それが、私が最初にもらったプレゼントがデンマークからやってきたものだったということは、何か自分の中で「縁」という一つの答えを見つけたような気持ちになったのです。(だからと言って次から「実は、生まれた時にもらったお人形が‥」とか言いません大人だから)

そんな話をしていた昨年は1年後にこんなことをしているとは思ってもみなかったのですが、今年はデンマークと日本の国交150周年だそうです。この年にデンマークと日本の間でビジネスをスタートすることになったのも、もしかしてお人形が・・ふと思い、守り神として事務所に連れてきました。景気付けにそういうことにしておきます。実際そうであってもなくても、始めるにあたり幸運にもたくさんの素敵な方々に出会い、助けていただいていることは確かですので、そんな風に重なり合っている全ての縁に感謝を忘れないようにしていきたいと思います。

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